なぜ指導者としてサッカーの試合をたくさん見るようになったのか

独り言

はじめに

今年の目標として、週刊でこちらのブログを更新することに決めています。

新年早々にこの決まり事を破ろうとしている自分に気がついてしまいました。始まってもいないので、三日坊主を軽く超えている気がします。

たぶん、一番の理由は見る予定だった試合が何とも言えない試合だったからでしょう。そう、最近は何ともいえない試合が増えましたし、この試合のマッチレポを書く仕事が来ていたら難儀していただろうな、というケースが多いです。

これは自分のフレームワークが現代サッカーに適応できていない、とも言えますし、現代サッカーを書き起こすことが難しくなっているとも言えます。

現代サッカーを文字で表現することが難しくなっている、ということでしょう。以前のような配置かみ合わせ論をベースに語ることは難しくなり、ある意味でサッカーのレベルが向上したことで、お互いに何も起きないことを受け入れていこともあれば、全世界のサッカーが明らかに均質化していることも表現を難しくしている、気がします。

平たく言えば、この試合はあの試合とほとんど同じだねと表現すれば怒られるに違いない。仕事の場合はですけど。

つまり、試合の表情が似てきてしまっています。それらの差異を詳細に語るためには全部見るマンになるしかなく、そこまで時間はない!というのが現状です。だって、みんな似てませんか?ぶっちゃけ。サッカーはカオスでフラクタールなんだけど、最近はフラクタールが強すぎて。

何の話やねん!という話ですが、そもそもフラクタールな試合が多いとサッカーを観ていてどうなんですか?意味あるんですか?学びを目的としている場合にどうなんですか?という無理難題にぶつかるわけです。

そこで初心に立ち返って、なんでこんなにたくさんの試合を観ているんだっけ、という問いに答えて行きたいと思います。もちろん、そんな問いが来ているわけではないんですが、諸事情ってやつです。

答えはピッチのうえに落ちている

グラゼニみたいな言葉ですが、たぶん、オリジナルです。でも、たぶん、誰かの言葉をリメイクした可能性も否定できません。そこにこだわりは全くありません。

サッカーの指導者を始めたときに、サッカーの勉強をしなければならない!と誰もが思うことでしょう、たぶん。当時の自分の選択可能な選択肢は2つくらいしかありませんでした。

・サッカークリニックを延々と読む

・サッカーの試合を見る

前者の説明はいらないでしょう。

テーマについてあらゆる角度から深堀りしていっているけど、角度がめちゃくちゃやんけ!と、途中から気がついてから読むことをサボっています。でも、10年くらい前のサッカークリニックを読んだら面白かったです。

でも、そのめちゃくちゃな角度こそ、日本のサッカー文化を象徴しているんですが、今回はそのお題に触れません。それはまた別のお話ってやつです。

サッカーの試合をみる

なぜサッカーの試合を見る、に至ったかというと、他に選択肢がなかったからです。悲しい理由ですね。

あと、サッカーの指導者は選手の未来にふれている、という名言があります。なので、今のプロはこんなことやってんねんから、みんなもこんなことができないといかんのや!としなければならないと考えました。ならば、プロの試合を見るのが一番よね、と考えたわけです。

というわけで、サッカークリニックとサッカーの試合観戦、そして現場での活動を持って、インプットとアウトプットを延々と繰り返していくことになります。

ここで問題になってくるのがインプットです。サッカーの観戦ってインプットになるのでしょうか?という問いです。

結論から言うと、試合を見えれば見るほどにインプットの量は減っていきます。いつかどこかで見た試合に観戦した試合が分類されていくからです。でも新しい何かを発見したときは、めっちゃ参考になりますし、角度を変えてみれば何かを発見できることも未だにあります。

近年で言えば、レヴァークーゼンのシャビ・アロンソとか、シモーネ・インザーギのインテルとか、アルネ・スロットのフェイエノールトとか、ロジャー・シュミットのベンフィカとか、スパレッティのローマとか。

でも、あんまりないですけどね。

でも、試合から教わったことはたくさんあります。試合分析を通じて、どのような戦術やコンセプトでチームが機能しているかは指導でめっちゃ役に立っています。そもそもお手本を動画で見せるのは反則級の強さがあります。一目瞭然ですから。

さらに、試合中の修正や試合内容へ何が影響しているかのサッカー解釈もめっちゃ役に立っています。

サッカーはフィードバックで差が出るスポーツです。なぜ自分たちがうまくいっているのか、なぜ自分たちがうまくいっていないのかのフィードバックを間違うと、ろくなことになりません。でも、自力で勝っていたり、ロースコアゲームの宿命ゆえに結果はどうにかなってしまうこともあります。

このケーススタディを鬼のように積み重ねてきたことが最も現場では役に立っています。まあ、現場で間違いません。ただし、問題を解決できるかどうかは手札次第なので、万能ではないとう事実です。ただ、恐ろしい説得力で選手に話をすることはできます。特に未来を当てるのがオススメです。

気合と根性も大事なんですけど、そこではないことでお話をできることは大きいですね、本当に。

そうか、やっぱり試合を見ることは大事なんですねとなりそうです。相手の戦術の元ネタがわかることは楽しいですし、その対策もケーススタディで学んでいるんですから。

でも、一方で試合観戦によるインプットの質が落ちてきていることも間違いありません。インプットの質をあげるために自分の頭の中を作り変える作業をするのか、しないのかが次の鍵です。

たぶん、自分の話をすれば、もっと他のチームのトレーニングを見ること、もっと他のカテゴリーの試合を見ることがその解決策になりそうなんですよね。でも、現実的に難しいわけで。

そうなると、根性でプロの試合からインプットをするしかない。では、どうやってインプットの量を最大化する?が今後のテーマになるのでしょう。いろいろな角度を手に入れるしかないし、今の自分の角度から離れる必要があるし、色々な人と会って話すしかないし、自分に疑問を持ちながら行うべきなのかなと。

なので、今の自分の角度をまとめながら、新しい角度について考えていく作業を今年の目標にしたいです。

あと、この作業をしていて最も感動する瞬間は試合をみた感想が海外の分析野郎と一緒だったことです。別に海外の分析野郎に権威を感じているわけではなくて、言語が異なっても同じ角度から試合を観て同じような感想に落ち着くところに言語を超えた何かを感じるからです。ロマンですね。

というわけで、みんな、今年も頑張ろうぜ。

でもさ、なんとなく現場はアウトプット感があるけど、現場もインプットの機会として機能しているやんけ!とも思った。

あと、たぶん、海外の指導者の講習会!的なものがめちゃくちゃ減っていることも新しいものと出会う機会の損失に繋がっているんだろうと。

さて、今年はどうなる!!!

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