アトレチコ・マドリーのスタメンは、オブラク、フェリペ・ルイス、サヴィッチ、ゴティン、ファンフラン、コケ、ガビ、サウール、カラスコ、グリーズマン、フェルナンド・トーレス。この間までは、2強だったリーガ・エスパニョーラは、シメオネ×アトレチコ・マドリーの登場によって3強の時代に突入している。チャンピオンズ・リーグでも常連になりつつあり、バイエルンとの試合は昨年のセミ・ファイナルの再現となった。セミ・ファイナルの再現がグループリーグで行われるのだと、レギュレーションを歌い難くもなる。このグループの2位とあたってしまう他のグループリーグを首位で突破したチームは、そのくじ運の悪さと、UEFAの陰謀論を恨むに違いない。そんなに俺たちを負けさせたいのかと。
バイエルンのスタメンは、ノイアー、アラバ、ボアテング、ハビ・マルティネス、ラーム、シャビ・アロンソ、ビダル、チアゴ・アルカンタラ、リベリ、ミュラー、レヴァンドフスキ。リーグ戦、チャンピオンズ・リーグともに絶好調のバイエルン。グアルディオラへの不満がメディアを通じて漏れていたように、グアルディオラ後の余白や自由さを謳歌しているのかもしれない。グアルディオラ時代を失敗と定義する理由があるとすれば、チャンピオンズ・リーグをとれなかったことだろう。チャンピオンズ・リーグと言えば、アンチェロッティ。迅速なバイエルンのフロントの動きは巧みだ。ベンチにはフンメルス、レナト・サンチェスと新戦力もずらり。
アンチェロッティのレアル・マドリースタイル
アンチェロッティに率いられたころのレアル・マドリーの特徴は、インサイドハーフ下ろしにあった。インサイドハーフは、サイドバックの位置に下りてビルドアップの起点としてプレーする。サイドバックはポジショニングを上げて、ウイングのように振る舞いながら横幅を確保する。ウイングの選手は、ハーフスペースに移動して、狭いエリアでの活動を苦もなく行なう。インサイドハーフ下ろしは、アンチェロッティがポピュラーにした策(発明したとは言わない)だと言っても過言ではないだろう。実際に、チャンピオンズ・リーグを取る、または、ナショナルチームの大会での優勝は、多くの国のサッカーに影響を与える。かつて、ボールを保持しなければサッカーではない!という考えが広まった時代には、バルセロナが時代の頂点にいた。
グアルディオラ後のバイエルンは、このインサイドハーフ下ろしを基準としている。この試合では、インサイドハーフのチアゴ・アルカンタラとビダルがサイドバックの位置に下りる動きを繰り返していた。インサイドハーフ下ろしに弱点があるとすれば、センターバックが暇になってしまうことだろう。本来ならば、センターバックの運ぶドリブルや攻撃の起点となることで、人数の無駄使いをしたくない。しかし、センターバックの攻撃参加のリスクをどのように考えるか、試合を決めてしまうような選手の質的優位を利用する、とあわせて考えると、人数の無駄使いになるようでならないという計算が成立する。
捨てられたアイソレーションからの質的優位
バイエルンのサイドを眺めると、左サイドと右サイドで違いが見られた。左サイドはアラバを横幅、リベリをハーフスペースという名の中央へ送る。右サイドは、ラームが横幅、ミュラーがハーフスペースを基準としながらも、2人の役割が入れかわることもたびたびあった。リベリは自由な役割を非常に楽しんでいるように見えた。ハインケス時代のロッベリーを思い出すと、両者が近い位置でプレーすることで発生するコンビネーションが伝家の宝刀として機能していた。後半にロッベンが登場してそんな雰囲気を感じさせる場面があったのは、もうちょっと先のお話。
グアルディオラ時代の得意技が、ボール保持からのサイドチェンジ→アイソレーションで質的優位で殴り続けるだった。ドグラス・コスタがブレイクし、コマンが重宝されたのは、サイドでの質的優位を明確に示せたからだろう。もちろん、リベリも質的優位で相手に迫れるタレントの持ち主だが、アンチェロッティ時代は中央でのプレーを行っている。リベリのプレーを見ていると、中央でのプレーをサイドよりも好んでいるように見える。もしも、サイドでのプレーを行いたいならば、右サイドのようにアラバと役割を交換すればいい。しかし、そういった場面はあまり見られなかった。
なお、後半に登場するロッベンもサイドからの質的優位というよりは、中央に移動してというプレーが多かった。グアルディオラ時代に与えられた役割よりも、ポジティブに言えば、自由に中央からサイドまでを動き回れる今の役割を楽しんでいるのかもしれない。グアルディオラの戦術から解き放たれたことが、2人のモチベーションにはいい影響を与えるかもしれないが、ピッチにいい影響を与えるかは、全く別の話だ。なお、中央にウイングが移動してくることで、レヴァンドフスキのプレーエリアは狭くなった。いわゆる万能型のレヴァンドフスキは下りてきてのポストプレーも得意としている。しかし、そのエリアにリベリやロッベンがいれば、下りていく理由がなくなる。
インサイドハーフ下ろし対策
インサイドハーフ下ろしは、すでにアンチェロッティの専売特許ではなくなっている。日本と対戦したオーストラリアも行っていた策というくらいに世界に広がっている。その対策として、シメオネはとうの昔に解答を見つけている。
相手陣地から積極的にプレッシングに行く場合は、1列目の守備は相手のアンカー、2センターバックを見ている。フェルナンド・トーレスがシャビ・アロンソとボアテングを主に担当していた。よって、下りていくインサイドハーフを観ることはできない。下りるインサイドハーフはサイドバックのプレーエリアでボールを受けようとする。プレーエリア的にはサイドハーフがプレッシングをかけると判断しそうだが、これが罠となっている。下りていくインサイドハーフにサイドハーフがプレッシングをかけると、大抵の場合は、上がっていったボール保持側のサイドバックが空いてしまう。味方のサイドバックが対面のサイドバックを見ればいいとなりそうだが、味方のサイドバックはハーフスペースに移動したウイングとワントップの選手をセンターバックと連携して抑えるタスクがある。
よって、前にスライドしていく選手は、セントラルハーフとなる。インサイドハーフ下ろしにはセントラルハーフのスライドをぶつけることで、相手が利用したい状況をピッチの上で起こさせない。セントラルハーフの前スライドとともに、残りの2列目の3枚の選手は、中央にスライドする。瞬間的には4-3-3のようになる。なお、この試合ではアトレチコ・マドリーのサイドハーフ(主にカラスコ)が、中央のスライドはできるけれど、近くにいる相手のサイドバック(ラーム)よりも高い位置にいることが多く、大外からバイエルンがボールを前進させる場面が目立った。
インサイドハーフがオープンな状況でボールを持つというバイエルンの計算は、セントラルハーフの前スライドで狂う。しかし、セントラルハーフの前スライドにも弱点はある。サイドチェンジをされると、この仕組みを利用することができなくなる。チアゴ・アルカンタラがインサイドハーフ下ろしを行なう→コケが前スライドを行なう→バイエルンのサイドチェンジ→ビダルがインサイドハーフ下ろしを行なう→ガビは間に合わない。よって、バイエルンはサイドチェンジを行なう。ボールを前進させるために。もちろん、間に合っちゃうこともあるよ。
ボールと味方の位置に応じたシメオネスタイル
サイドチェンジはボールを前進させるために行なう策だ。グアルディオラはアイソレーション状況を作るために行っていたけれども。サイドチェンジでアトレチコ・マドリーに迫るバイエルン。しかし、アトレチコ・マドリーはこの状況も準備万端で迎え撃つ。
ハーフライン付近から守備をする場合や、相手のサイドチェンジでオープンな選手を作られた場合のアトレチコ・マドリーは、スライドが間に合うまではボール保持者に寄せない策を取ることが多い。2.3列目の距離を小さくし、縦パスには厳しく対応する。味方のスライドが間に合うと、ボール保持者へのプレッシングを再開する。無闇にプレッシングをしてしまうと、自陣にスペースができてしまう。そのエリアを相手に与えてしまうくらいなら、我慢をする。相手が攻撃に迷っている間にスライドが完了すれば、守備が整理されている状況となる。
もうひとつの策が、1列目の走って死んで大作戦。相手のサイドチェンジに間に合うときはセントラルハーフの前スライドを行なう。当然、時間が経てば経つほどにスタミナは浪費し、間に合わなくなるは当然だ。よって、ここで出番が出てくるのは1列目の選手たち。この試合ではグリーズマンがビダルに寄せることで、2列目のスライドの時間を稼いでいた。だいたい25分から30分が過ぎると、グリーズマンが2列目のラインに入って守備をするようになるのは、アトレチコ・マドリーの恒例行事となっている。なお、この試合でサイドチェンジの的となることが多かったアラバだが、質的優位で迫れるわけもない。かりにこの位置にリベリがいたとしても、いつのまにか強烈な守備力を身につけているファンフランに勝てる保証はないけれど。
シメオネスタイルの必殺技が、全員撤退による守備だろう。バイエルンがボールを保持して相手を押し込んでも、アトレチコ・マドリーは11人でしっかりと守備を固める。1.2列目の間(FWラインとMFラインの間)を相手に支配され、永遠に続く相手の攻撃という試合を見ることがある。シメオネはその現象を嫌っているので、フェルナンド・トーレスやグリーズマンを平気で自陣に撤退させる。アトレチコ・マドリーが自陣に撤退すると、決定機を作ることはなかなか難しい。いわゆるトランジションで発生する守備が整理できていないときに発生した、チアゴ・アルカンタラのループスルーパスからミュラーや、後半のシャビ・アロンソのピンポイントクロスからのレヴァンドフスキのヘディングのような状況を再現するのはさすがに難しいだろう。
捨てたのはグアルディオラのスタイルか、それとも正しさか
変幻自在のアトレチコ・マドリーは、ボール保持でも効果的な攻撃を見せた。昨年のファイナルでボールを持たされた反省をしているアトレチコ・マドリーは、定位置攻撃でも強さを見せるようになっている。昨年までのバイエルンは、相手にボールを一秒でも持たせたくない意思をプレーで示していた。相手のキーパーまでレヴァンドフスキやミュラーがプレッシングを仕掛けていくことはとても印象に残っている。
しかし、アンチェロッティになったことで、前線からのプレッシングは緩くなっている。また、リベリ、ミュラーの守備の役割が非常に曖昧になっていた。4-1-4-1で守るのだろうと見ていると、彼らはよくわからない位置にいる。もちろん、戻るときもあるが、戻らないことも多い。戻らない=カウンターを狙っているのかというと、そんなポジショニングではない。グアルディオラが苦労したように、撤退守備で耐えきれるような、しかも、4-3で、選手がバイエルンにはいない。というか、世界中を探してもあまりいない。
アトレチコ・マドリーのボール保持が効果的であった、つまり、シュートやクロスで終われていた原因は、バイエルンの守備にあるだろう。主に守備で曖昧だったミュラーとリベリにその原因を求めることができる。サイドに限定された役割から解放されたコンビが守備では足を引っ張るのでは、かなり苦しい。アトレチコ・マドリーが後半に得たPKの場面はアトレチコ・マドリーのボール保持の余裕さがもたらしたものだった。この試合で攻撃の起点、ポゼッションの逃げ場、そしてドリブルで相手を切り裂くなど、サイドバックがいつも以上に活躍した、特にフェリペ・ルイス、理由はこんなところにある。
相手を押し込んでボールを保持したときのグアルディオラは、センターバックに相手のカウンターの起点となる選手を潰させた。そして、後方のスペースをキーパーに任せた。この役割を完璧にこなしていたのがマスチェラーノや、全世界のキーパーに影響を与えたノイアーだ。
ポジショニングには攻守両面の意味をもたせることという定跡がある。ブスケツ潰しはこの意味が大きかった。ボール保持のサポート兼相手のカウンター潰しのブスケツにボールを保持に関わらずにマークをつけることは理にかなっていた。さらに、質的優位でブスケツの上をいくことができれば、カウンターは発動する。この試合でいうと、シャビ・アロンソのそばにフェルナンド・トーレスを配置したシメオネの策と、思想は繋がっている。アトレチコ・マドリーの先制点は苦し紛れのバイエルンの縦パスをシャビ・アロンソに回収させなかったフェルナンド・トーレスの粘りから始まっている。
また、全員が自陣に撤退したときのグリーズマン、フェルナンド・トーレスを捕まえる選手がいない。もちろん、バイエルンがボールを保持しているときの話になるのだが、シャビ・アロンソの周りにグリーズマンとフェルナンド・トーレスがいると、カウンターの起点を潰すことはできない。また、サウール、カラスコと長距離を走ることのできる選手もいるし、いわゆるゲーゲンプレスをアトレチコ・マドリーの選手たちはショートパスの連続で外す技術も持っている。それゆえの、アラバロール(サイドバックがセントラルハーフのいちにいる)が発明されたのだけど、そんな雰囲気はほとんどない。
こうして、見事な守備からのカウンターで先制したアトレチコ・マドリー。後半はほぼ完璧な守備をしながら、ときにはカウンターで、ときにはボール保持からの攻撃でバイエルンを苦しめながら勝利した。シメオネ的に言うと、ほぼパーフェクトな試合だったろう。グリーズマンがPKを決めていれば、完璧と言っていいかもしれない。
ひとりごと
グアルディオラの縛りから解放されたことが、悪い影響も出ているような。余白を楽しみ過ぎというか。特にグアルディオラと仲が悪そうなリベリとミュラーは特に。逆にサイドバックに固定されそうなアラバは、つまらないかもしれない。本当はどこのポジションで飯をくっていきたいのだろう。でも、リベリとのコンビネーションはちょっと懐かしかった。時計が逆回りになったみたいで。ネガティブな意味ではない。良さを取り戻した部分もないわけではないみたいな。ただし、ドルトムントも迷いながらなので、フランスリーグにおけるパリ・サンジェルマン的な立ち位置になりそうなバイエルン。そうなると、チャンピオンズ・リーグだけどうにかする?というのはやっぱり難しいのだろうか。イタリアにおけるユベントスみたいに。
アトレチコ・マドリーはどんどん強くなってきていて笑えてくる。変幻自在の守備に攻撃も装備されると、手がつけられなくなりそう。個人的にはフェルナンド・トーレスがしっかりと機能しているのが嬉しい。こっちもフェルナンド・トーレスだけ時計が逆回りしているみたいで。もちろん、ネガティブな意味ではない。コケがセントラルハーフに定着したことで、ボール保持面でのレベルアップが尋常ではない。でも、こういうときこそ、ころっと負けそうで非常に怖い。そして、オブラクがうますぎて、オブラク師匠に教わっている権田の復活とフィードバックに期待している。
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