はじめに
試合数を見ることよりも、見た試合を書いていくことに注力していきたい、そんな気分である。というわけで、リアタイで観戦したスパーズ対マンチェスター・ユナイテッド。
この試合を見ていて、思い出した試合がある。
もう何年も前の関東一部の大学生の試合。流経対どこかであった。流経は相手のプレッシングに苦しみ続け、リードを許し、にっちもさっちもいかない状態であった。
そして、ディフェンスラインの選手が退場してしまう。まさに泣きっ面に蜂のはずなんだが、ここから流経の猛攻が始まる。
なぜか。
流経は4バックから3バックにビルドアップの形が変更された。相手の2トップと同数対決が3バックになり、変化が生まれる。配置のかみ合わせの優位性が流経に試合の優位性を持ってくる形となった。
いや、待てと。ひとり多いのだから死なば諸共の効果も上がるんじゃないか!となりそうなんだが、流経の相手はリードしていることもあってプレッシング開始ラインを自陣に設定し、【442】を頑なに維持していた。そんな時代さ、覚悟はできているというやつだ。何の覚悟はわからなかったけれど。
ボール保持の牽制
右SBのペドロ・ポロを残す形で【325】系統に変化するスパーズ。左SBのジェド・スペンスが大外が基本で、ウイングなの?とまじ?と思ったリシャルソンが内側へ颯爽と移動していった。厳密に言えば、シャビ・シモンズをトップ下というかフリーマンのように使う形を志向しているようには見えた。
マンチェスター・ユナイテッドはアモリム印の【325】。特に可変もない。ルーク・ショーのほうがデリフトよりは攻撃参加するかもしれないけれど、誤差のようなものだった。
序盤戦はお互いのビルドアップに対して、プレッシングのかけあい。別にビルドアップに秀でているわけではないのに、お互いにボールを持つんだぜ!という強い意志を両チームから感じる展開となった。
どちらかといえば、マンチェスター・ユナイテッドのほうがビルドアップに失敗したあとのゴールキックを蹴っ飛ばすなど、ビルドアップをしなければ死んでしまう!ほどの思想は感じなかった。
お互いにどちらがミスを先にするか、ミスに導けるか?のような展開のなかで、リシャルソンの空中戦の強さは印象に残っている。いわゆる、空中戦の的。もうひとつはシャビ・シモンズが知的にフリーになり、ビルドアップの出口となる狙いがあったのだろう。
マンチェスター・ユナイテッドのほうが逃げ場のようなものはなかった。マズラウィは相変わらず上手だったが、時間とスペースがない状況で相手を背負いながらボールを受ける、なんて芸当はあまりできない。ただし、配置のかみ合わせの都合でカゼミーロ周りがフリーになることで、マンチェスター・ユナイテッドは光明をみつける。
マークがかみあっているスパーズは地上戦で優位性を見つけられない展開が続いた。セントラルハーフは困り続け、前線の3人はお互いの配置バランスの適切解を見つけられそうな雰囲気はなく、シャビ・シモンズはコロムアニに苛立ち、コロムアニは試合から消えていた。
たぶん、スパーズの狙いとして右で作って左のリシャルソンをフィニッシャーに持ってくる狙いだったのだろう。大外担当のジェド・スペンスも全く試合に参加していなかったので、左サイドは死に体さんであった。死に体に「さん」をつける理由はネットを徘徊してみてください。
というわけで、段々とマンチェスター・ユナイテッドのボール保持がチームに優位性をもたらすようになっていく。ブルーノにつきっきりのシャビ・シモンズもずっとマークを遂行するキャラでもない。エンベウモとアマド・トラオレの降りる動きでボールを引き出す動きもはまれば、ゴールに繋がってもおかしくないよね、という論理的な前半戦となった。
ちなみに、この試合の両チームのパスの成功率が高くて現代っぽいなあと思った。現代のサッカーはパス数が少なくてもパスの成功率が高い傾向にある。マンチェスター・ユナイテッドはパス数が284本と少ないのに成功率が86%なので優秀なんだぜと。
配置のかみ合わせではなく、展開のかみ合わせ
まじでどこにいたんだ!?と多くの人を悩ませたコロムアニが交代し、後半の頭から、ウィルソン・オドベールが登場する。純粋な左ウイングのようだ。
前半は左ウイングがほぼ何にもしていなかったので、後半は両サイドから攻撃しようねに代わるスパーズ。なお、ジェド・スペンスは後方支援と内側に立ち位置を変化し、器用さをみせつけていた。なお、最終的に右サイドバックに移動していったときに、どこの立ち位置でも本職にみえなかった違和感が解決される。お前は右サイドバックの選手だったのかと。
さて、試合の流れに大きな影響を与えたものはマンチェスター・ユナイテッドのリード後の振る舞いであった。前半の展開を大雑把に説明すると、お互いの不安定なビルドアップをハイプレッシングで壊す展開が多かった。
しかし、アウェイでリードしたチームの振る舞いとしての定跡はミドルプレッシングに移行だ。マンチェスター・ユナイテッドの行動はサッカーの原理原則と照らし合わせても全く問題はない。
しかし、試合のかみ合わせである「スパーズの不安定なビルドアップ」対「マンチェスター・ユナイテッドのハイプレッシング」が解消されることとなる。つまり、スパーズはボールを運ぶことで苦労することがなくなっていった。その代わりに待ち構えるマンチェスター・ユナイテッドを崩せるか?というかみ合わせに変更となるのだけど、前者よりははるかにましであった。
マンチェスター・ユナイテッドからすれば、準備万端で相手の攻撃を待ち続け、カウンターで何とかする!がゲームプランだったのだろう。しかし、これは両チームともに前半からトランジションでのバトルの早さは異常だった。ボールを奪ってカウンターに移行したいマンチェスター・ユナイテッドだったが、スパーズの切り替えが襲いかかる展開となる。
カウンターの機会損失に苦しむマンチェスター・ユナイテッドと比べると、ボールを持つことの多くなったスパーズは切り替えのかみ合わせも味方につけることに成功する。
というわけで、スパーズが延々とマンチェスター・ユナイテッドのゴールに迫り続け、ゴール期待値を積み上げるような展開となっていく。マンチェスター・ユナイテッドは選手を交代しながらプレッシングの勢いを取り戻そうとするものの、少しの時間稼ぎになる程度であった。でも、それって凄く重要なことなんだけど。
最終的に守りきれるか、マンチェスター・ユナイテッド。無理だった。途中出場のテルに振り向きざまに決められ、この試合で獅子奮迅の活躍だったリシャルソンに逆転ゴールを許す。けが人が出て10人になったマンチェスター・ユナイテッドだったけれど、最後のコーナーキックでデリフトが決めて同点で試合が終わる、残り10分に夢が詰まったような試合となった。
ひとりごと
配置のかみ合わせ論だけでなく、展開のかみ合わせ論もある。この展開や4局面のかみ合わせが試合内容にどのような影響を与えているかを見誤ると、ろくなことにならない。一方で、残り時間やスコアの変化に敏感になる必要もある。それらの変化に応じた定跡がチームを窮地に立たせることもある。そんな試合であった。

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