巨大な戦力と対峙するときに、大差で負けなければいいやと、ゴール前にバスを並べるのか。わずかな可能性を信じて、相手に勝つための策を練るのか。リーガ・エスパニョーラではレアル・マドリーとバルセロナと試合をするときに、多くのチームが頭を悩ます課題になっています。
ホームでレアル・マドリーを迎え撃つエスパニョールは、後者のレアル・マドリーに勝つための策をしっかり準備して試合に臨みました。結果として、すでに報道されているとおり、クリスチャーノ・ロナウドが大量得点を決めた試合になっています。結果がでなかったという意味では、エスパニョールの試みは失敗といえるでしょう。
ただし、その試みが正しかったどうかはわかりません。サッカーは非情なスポーツで、みなさまもご存知のように、自分たちが準備してきたことができたにも関わらず、相手のカウンター一発に屈することもあれば、得点がとにかく入らずに引き分けで終わることもあります。そういう意味ではサッカーは論理と非論理がからみ合って構成されていると言えるかもしれません。ただし、将棋の羽生さんが言っていたように、不確実性が高ければ高いほど、実力差がはっきりする。だからこそ、その不確実性を確実性にする試みがどうだったかを検証する必要があります。
■今季のレアル・マドリー
最初にレアル・マドリーについて整理していきます。
基本システムは4-2-3-1。今季の目玉はベイルのトップ下。この配置がかなりはまっています。ベイルのスタート位置が中央になったことで、ベイルが得意の左サイドに移動する⇔クリスチャーノ・ロナウドが得点を決めるために中央に移動することによるバランスの維持が可能となっています。また、その動きを補完するために、ベンゼマ、イスコ(ハメス・ロドリゲス)、横幅をとるためにサイドバックとバラン維持のための方策が準備されています。さらに、どうしても得点が欲しい場面では4-3-3に変化し、インサイドハーフがゴール前に殺到するオプションを持っています。
相手がボールを保持するときは、4-4-2。まさにベニテス。ポジションが流動的なので、サイドハーフにいる選手は状況に応じて変化します。クリスチャーノ・ロナウドがいるときもあれば、ベイルがサイドハーフのいることもあります。ただし、相手によって守備に下がってこない場面も多数見られます。相手からすれば狙いどころに設定しやすいといえるでしょう。守備をしない代わりに、カウンターにクリスチャーノ・ロナウド、ベンゼマ、ベイルが控えているので、代償として手に入れられる収支がポジティブなものになるかどうかは相手次第といえるでしょう。
サイドハーフが下がってこない場面があるので、モドリッチ、クロースの負担は大きいです。しかし、ベニテスもその負担は把握しています。この試合でカゼミーロがスタメン、モドリッチも早めに交代したようにプレー時間の調整は意図的に行っています。また、レアル・マドリーがリードしていると、サイドハーフにしっかり戻れる選手を投入し、4-4で守り、前線をクリスチャーノ・ロナウドとベイルでカウンターを狙う傾向も見えつつあります。
このように、レアル・マドリーは2面性があるチームになっています。基本的にはボールを保持する。前線の流動的なポジショニングで各々が長所を発揮しやすいエリアでプレーする。そして、モドリッチ、クロースコンビがスペースと時間を操れるので、いわゆるセットオフェンス、相手の守備が整っているときでもその攻撃力は高いです。また、前述のようにカウンターも得意としています。この攻撃の幅をどのように抑えているかが相手チームにとって最難関の壁として立ちはだかります。
■この差を何の花に例えられましょう
では、エスパニョールの試みについて整理していきます。
システムは3-5-2。守備のときは5-5になります。基本はカセイドとジェラールの2トップです。しかし、彼らの守備の役割は相手のサイドバックにつくことになっていました。かつてヒディンクか誰かがやった戦術を思い出させます。その心は、2トップが相手のサイドバックにつくことで、相手のビルドアップを中央スタートに強いること、サイドバックの攻撃参加を抑制、または攻撃参加した場合は相手のサイドバックの裏を強襲することです。この場面は開始すぐに訪れます。カセイドとセルヒオ・ラモスが右サイドでマッチアップする機会が多かったことはこの仕組みによるものです。
2トップが相手のサイドバックにつくことで、相手のビルドアップのスタートを中央に強いること。そして、中央から始まる攻撃を5バックと3セントラルで守りを固めます。カゼミーロとモドリッチにインサイドハーフが突撃することで、レアル・マドリーのセンターバックの選択肢を減らします。基本的にセンターバックまでのプレッシングは行いません。レアル・マドリーのセンターバックにボールを持たし、モドリッチたちにボールを持たせないというのは正解でしょう。レアル・マドリーのセンターバックが繋げないというのではなく、モドリッチたちが繋げすぎるのはレアル・マドリーの特徴です。
レアル・マドリーの前線の流動性には人数を用意することで捕まえやすくします。イタリアで3バックが流行したのはライン間でボールを受ける選手を捕まえやすくするため、という理由があります。4バックのチームが曖昧なポジショニングをとる相手を捕まえにいけば、自陣にスペースができてしまいます。しかし、5バックならば、カバーリングが容易で後方を気にすることなく相手を捕まえることができます。こうして守備の仕組みを整備したエスパニョール。レアル・マドリーは相手の裏にフリーのセンターバックからロングボールを蹴る形が目立ち、ボールは徐々にエスパニョールに渡るようになっていきます。
相手に攻撃をさせないためには、相手にボールを保持させないこと、というコンセプトがあります。守備の整理とは別にエスパニョールの真の狙いはここにありました。相手のセンターバックにボールをもたせ、相手を捕まえることで、攻撃の精度を落とし、ボールを回収すること。そして、自分たちがボールを保持して攻撃を仕掛けることで、相手のペースを破壊する狙いがありました。しかし、レアル・マドリーは2面性を持っています。つまり、相手がボールを保持したらカウンターで攻撃をすればいいとなります。よって、エスパニョールに必要なことはボールを奪われないボール保持の仕組みとなります。
その仕組みが3バックに現れていました。いわゆるミスマッチ作戦です。レアル・マドリーの守備が4-4-2であることから各地でミスマッチが起きました。特にレアル・マドリーのサイドハーフ(レアル・マドリーのなかで一番の狙いどころ)は相手のセンターバックとウイングバックに苦しめられます。また。レアル・マドリーの2トップも相手の3セントラルと3バックにプレッシングが曖昧になりました。レアル・マドリーの前線の守備は熱心でないことも相まって、エスパニョールはミスマッチを利用したボール保持で攻撃を機能させることに成功します。
ビルドアップ後のエスパニョールの攻撃を見てみると、基本的にサイドからの攻撃が目立ちました。2トップがサイドに流れて、サイドからの数的優位で仕掛ける。そのサイドからサイドチェンジで逆サイドのサイドからファーサイドにクロスを入れる。または、速攻で2トップが相手のセンターバックをサイドに移動させ、勝負を仕掛ける。これらの場面は再現性を持ち、特に右サイドのアリビラは下がってこないレアル・マドリーのサイドハーフを尻目に何度もクロスを上げることに成功していました。
しかし、前述のようにこの試合はレアル・マドリーが大勝しています。1点目はわずかな隙でフリーになったモドリッチからのスルーパスにクリスチャーノ・ロナウドが抜けだして入りました。2点目はトランジションからベイルが相手の右センターバックと右ウイングバックの間を走り抜けてPKを奪い、クリスチャーノ・ロナウドがまた決めます。
3点目が問題となりました。エスパニョールは7分、17分と相手にゴールを許すなかで、徐々に焦りが見え始めます。この焦りはこの状況を変化させないといけないという積極的な姿勢がもたらしたものです。しかし、その積極的な姿勢がチームに必ずしも利益をもたらすものではありません。カセイドとジェラールは相手のサイドバックを抑えることが役割ですが、時間がたつにつれて相手のセンターバックにまでプレッシングをかけるようになります。この動きの最大の問題はレアル・マドリーのサイドバックを誰が抑えるのかという問題に直結します。
そして3点目は左サイドに流れたベイル。マルセロがベイルを追い越す動きを見せますが、エスパニョールの選手はだれもついてきませんので、マルセロの動きに対応するために、ベイルと対峙する選手はベイルとの距離を空けます。この隙にベイルがクロスを上げて、ファーサイドのクリスチャーノ・ロナウドがあわせてゴールが決まります。
エスパニョールの方法論は決して間違っていなかったと思います。相手を捕まえやすくする守備で流動的なポジショニングに対抗すること。システムのミスマッチを利用してボール保持を安定させることをピッチで表現できていました。しかし、一瞬の隙(瞬間のフリー)でも仕事ができてしまう、またはその仕組みを作るためのポジショニング、オーバーラップを行える組織力の前にエスパニョールは試みを破壊されてしまいます。戦術的なチャレンジとしては正しかったのですが、圧倒的な攻撃力の前にただただ瓦解すると言えば正しいのかもしれません。
後半のエスパニョールは2枚がえでシステムを4-4-2に変化させます。このシステム変化でも基本的な戦い方は変化させませんでした。できるかぎり、ボールを保持する。そのための仕組みは左サイドハーフを相手のブロックの外でプレーさせ、サイドバックの滑走路を準備すること。右サイドハーフはサイドにはり、サイドから特攻することと不均衡なシステムでミスマッチを継続させてきました。その方法はケイラー・ナバスのスーパーセーブを導くような決定機を作るところまで行くことに成功します。しかし、やっぱりカウンターからクリスチャーノ・ロナウドに決められ、最後はルーカス・バスケスに恩返しのアシストをされてしまうという結末で試合を終えます。
■独り言
レアル・マドリーはダニーロ、ハメス・ロドリゲスが一ヶ月の離脱。ミッドウィークからはチャンピオンズ・リーグが始まるので、タイミング的には最悪。代役はイスコとカルバハル。イスコを代役といえるのかは微妙。ハメス・ロドリゲスとスタメン争いをしていると考えているので。コバチッチ、カゼミーロは順調にプレータイムを増やせている。そして、前節で大ブレークだったクリスチャーノ・ロナウドの大爆発はまさに朗報になっただろう。
エスパニョールは戦術的な戦いをすることで、楽しませてくれた。選手の質の差をどのように埋めていくかはどのように戦うかで対抗するしかない。その対抗策が正しかったとしても、結果がでなければ、叩かれるのが運命。次回も奇策が見られることを期待しています。
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