シメオネ以降のアトレチコ・マドリーはリーガ制覇を成し遂げ、チャンピオンズ・リーグでも常連になりつつあります。マンチェスター・ユナイテッドで長期政権を実現したファーガソン、アーセナルで延々と過ごしているベンゲルを例外として、同じ監督が同じチームを率い続けることは一般的に困難とされています。シメオネのアトレチコ・マドリーがその例外になることができるのか、それとも、やっぱり一般的な事例のように崩れていってしまうのか。ただし、選手の入れ替え(それはアトレチコにとって強制的に起こらざるを得ないイベントですが)も行われており、一般的な現象への精一杯の反逆は示しています。そんなアトレチコ・マドリーの現在地はどのようになっているのでしょうか。
昨シーズンにグアルディオラを超える結果を残したのにも関わらず、賞賛の声が少ないルイス・エンリケ。革新的だったグアルディオラに比べると、カウンターというある意味での禁断の果実、というか伝家の宝刀に手を出したことで、いまいち評価に繋がっていない印象です。しかし、サッカーの幅、戦術の選択肢を増やすという意味ではこれ以上の手はありません。ゲームに例えられる、ネイマール、メッシ、ネイマールのトリオの破壊力は、ゲーム以上に強力。そして、それを支えるカンテラ軍団という構図は今季も機能していきそうです。手に入れた攻撃の2面性でアトレチコ・マドリーの守備に挑むことになります。
■ボールを前進させるための方法
バルセロナはメッシがベンチにいます。どんな試合も出場したいを信条としているメッシをベンチに置く試みはグアルディオラも失敗しています。メッシの疲労を考慮しての判断でしょうが、グアルディオラの二の舞いになるのか、それとも新たな道を歩むことになるのかは、もうちょっと時を進めてみないとわかりません。代役はラフィーニャ。チアゴ・アルカンタラの弟です。そして、アウベスが怪我をしているので、セルジ・ロベルトが右サイドバックで奮闘しています。
大方の予想通りに、バルセロナがボールを保持して、アトレチコ・マドリーが4-4-2で迎え撃つ試合展開となりました。ボール保持率は恐らく65%から70%を前後したと思います。数字が示しているように、バルセロナがボールを圧倒的に保持したわけですが、相手にボールを保持されることをストレスに感じないアトレチコ・マドリーですので、数字は事実を示すだけで、それ以上の情報を与えてくれるわけではありません。
アトレチコ・マドリーのプレッシング開始ラインは、ハーフラインより相手陣地に入った場面から行われます。トーレスとグリーズマンの役割は、片方がボールを保持しているセンターバックへよせる、もう一方はブスケツをマークすることでした。フリーなセンターバックにボールが渡ったら、役割が交換されます。2トップのチームが2センターバックとアンカーのいるチームに対抗する手段として、最もポピュラーなものです。
バルセロナはブスケツ経由のボール回しが困難になります。よって、センターバックからインサイドハーフ、またはサイドバックへのボール循環が多く見られるようになっていきます。しかし、バルセロナのサイドバックには、アトレチコ・マドリーのサイドハーフ、バルセロナのインサイドハーフにはガビ、ティアゴが執拗にマークしてくるので、ボールを前進させるという意味ではなかなかうまく回りませんでした。だとすれば、相手の四角形(センターバック、サイドバック、ボランチ、サイドハーフを頂点とする)で活動しようとするウイングにボールを入れようとします。しかし、アトレチコ・マドリーはサイドバックが頂点を崩して相手についてくるので、これも効果的な手として機能しませんでした。
ゾーン・ディフェンスを基盤としているアトレチコ・マドリーですが、ボールのあるエリアではスペースよりも相手を優先します。かつてビエルサのマンマークにバルセロナが苦しんだように、わずかな時間とスペースを後方から前にバトンのように繋いでいくバルセロナにとって、わずかでもフリーな選手がいないということは非常に厄介な状況といえます。ライン間でボールを受ける、相手の四角形でボールを受ける動きに対して、マンマークのように振る舞う、人とスペースのどちらを優先してポジショニングするかがアトレチコ・マドリーは非常に整理されていたので、4-4-2でバルセロナに対抗することができていました。
ボールを前進させる手段として、サイドチェンジも有効な手です。バルセロナはミスマッチで発生する時間とスペースを発生させるために、サイドチェンジを連発します。怪我がちなフェルメーレンやマテューが左センターバックとして重宝されるのは、対角線にロングボールをスムーズにいれることのできる左利きだからでしょう。アトレチコ・マドリーはもちろんサイドチェンジをさせたくはないのですが、優先すべきは中央のスペースを消すことだったので、バルセロナはそこまでの苦労なくサイドチェンジをしながら地道にボールを前進させていく展開となりました。その様相は我慢比べと表現することができるような試合展開でした。
徐々にバルセロナは相手陣内でボールを保持できるようになっていき、コーナーキックの回数も増えていきます。また、イニエスタの個人技からラキティッチの決定機が生まれます。相手陣地でボールを保持できれば、セットプレーの機会も増えるし、個人技が炸裂しやすい環境になります。また、アトレチコ・マドリーは執拗なスライドを繰り返すのですが、サイドハーフが悩み始めます。サイドバックに寄せやすいポジションをとるのか、中をしめるのか。その迷いが一瞬の隙を生み、アトレチコ・マドリーは四角形の中を使われるようになっていきます。
この状況を思わしくないと判断したアトレチコ・マドリーはシステムを4-5-1に変更。左サイドにオリベル、右サイドにグリーズマンを配置します。この配置によって、相手のサイドチェンジに対するスライドを早くすること(いざとなったらMFが最終ラインに落ちて、最終ラインからサイドチェンジに対応することもできる)と、四角形へのパスコースを遮断することが狙いです。その代わりにカウンターの威力が落ちること、相手のセンターバック周りにスペースができるようになりますが、プレッシング開始ラインを下げて、自陣に撤退することで、そのメリットが生まれにくい状況になりました。このシステム変更も前半の残り時間が少ない状況で行われたので、ひとまず守りきましょうという采配だったと思います。もちろん、そういう状態に追い込んだという意味において、バルセロナのほうが試合を有利に進めていたということにもなります。
後半のアトレチコ・マドリーは役割を整理してきました。ワントップのフェルナンド・トーレスはブスケツ番。センターバックはフリーにする。MFの枚数を増やしたことで、相手のプレッシングにたじたじだった前半戦の状況を改善することでした。
その効果を検証する前に、アトレチコ・マドリーに先制点が生まれます。ジョルディ・アルバサイドで始まったボールの奪い合いからティアゴがダイレクトパスに反応したフェルナンド・トーレスが相手の裏に抜け出します。これを決めて、まさかのアトレチコ・マドリーが先制に成功します。前半から見ていて、アトレチコ・マドリーが得点を取りそうな場面がなかったといえばいいすぎですが、初めての枠内シュートがゴールに入るのは理想的な展開と言えます。
この場面で重要だったのはティアゴの縦パス。相手の守備が整っていないときにダイレクトで縦パスをいれることはカウンターに近い状態になります。本来はパスカットをするような場面でいきなり縦パスを入れることで、カウンターを発動させることを得意としていたのはクロップのドルトムントです。相手の守備が整っていないときにトラップしない、ワンタッチで縦パス。相手の守備が整っていないときは多種多様にありますが、トランジションの連続から生まれるボールを保持しているけど、安定していない状況でもダイレクトパスによってカウンターが成り立つことが往々にしてあります。
ボールを保持しているのに先に失点する、いわゆる負けパターンですが、バルセロナは反撃に成功します。ネイマールの直接FKが炸裂。メッシがいたら自分で蹴っているので、メッシがいなかったから成立したゴールと言えます。
そしてラキティッチとメッシが交代して王が帰還します。アトレチコ・マドリーはオリベルを下げてカラスコを左サイドハーフに投入。セルジ・ロベルトをしっかり抑えることで、メッシへのパスコースを防ぐ采配にでます。そして、フェルナンド・トーレス→ジャクソン・マルティネスで前線の体力の維持にでます。
メッシの投入と同時にバルセロナは色々と動き始めます。それはメッシが投入されたから動いたという面もあれば、相手に対抗するためという相手依存の動きもありました。メッシが投入されたから出た動きはインサイドハーフ落としです。インサイドハーフが相手のブロックの外におちる、サイドバックが上がる、メッシが相手の四角形にポジションをとる。または、メッシとインサイドハーフのポジションをチェンジする場面がようやく観られるようになりました。ただし、ラフィーニャとメッシのポジショニングは重なることが多く、あんまり効果的でありませんでしたが。
相手依存はブスケツの動きです。ジャクソン・マルティネスは引き続きブスケツをマークしたことで、ブスケツはセンターバックの間に落ちます。そして、センターバックの運ぶドリブルをしやすい環境に変えます。マスチェラーノが後半に突撃するようになったのはそんな背景があります。
メッシの登場で一番変化したのは狭いエリアへの突撃でしょうか。メッシから始まる高速ワンツーの攻撃はアトレチコ・マドリーにとって脅威以外の何物でもありませんでした。また、メッシは横への移動を活発に行います。相手の守備の基準点、ゾーンを横断するような動きを、ドリブルしながら、またはパス&ゴーで素早く行います。この動きによって相手から少しの間ですが自由になり、その時間で仕事をしてしまうプレーはさすがでした。
フットサルでも見られますが、長い距離のフリーランニングは相手にとってどこまでついていくかの判断を強いるので非常に厄介です。サッカーでいえば、2列目からの飛び出しをイメージしてみてください。メッシの場合はこの動きを縦ではなく横にします。しかも、ボールとプレーしながら行います。横への移動でマークを剥がし、さらにボールを離すことで、相手の視野をリセットすることにもつながっています。考えてみると、非常に理にかなった動きになっているのがよくわかります。
そして逆転ゴールはメッシ。しかし、ゴールの形はアトレチコ・マドリーと同じような形で生まれます。アトレチコ・マドリーのペナルティエリアでのボールの奪い合い。これをジョルディ・アルバがダイレクトでスアレスにパスを通します。そして、スアレスはまたもダイレクトでメッシに渡すことで、メッシがゴールを決めます。繰り返されて起きた現象はボールが行ったり来たり、または落ち着かない状態での縦パスによるカオス状況のクリアーがゴールに繋がるということでした。
アトレチコ・マドリーは攻撃に出なければならないので、システムを戻したり、攻撃的な選手を出したりしますが、その姿勢が余計に相手に攻撃の隙を与えるのは言うまでありません。ただし、最後の最後のパワープレーでゴティンがボールに触れていれば同点ゴール炸裂になっていたので、そういった隙を見せるのがルイス・エンリケのバルセロナらしいと感じさせました。バルセロナはボール保持で試合を殺すことなく、カウンターの場面では迷わずに追加点を狙っていましたからね。
■独り言
アトレチコ・マドリーが執拗な守備をみせたからこそ、バルセロナの我慢強さが証明された試合になりました。バルセロナのほうが上だと認めるしか無い試合でしたが、両チームのレベルの高さは異常です。チャンピオンズ・リーグでも主役を演じてくれると思います。たぶん、レアル・マドリーも大丈夫でしょう。
■気になった選手
ホセ・マリア・ヒメネス。95年生まれです。センターバックとして、同郷のスアレスと対峙。負けてしまっては意味がありませんが、守備面でなかなかの働きをしていました。ハンドを見逃してもらう幸運に2度もあうところにこの選手の巡り合わせの良さを感じます。
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